それでも国勢調査を防衛しなければならない:
フーコー,アルチュセール,統計的公民
山田 満(Marxstat)
はじめに
1980年国勢調査(以下,日本の人口センサスを国調と記す)を前に国調反対運動があった。背景として住民基本台帳法の成立,国民総背番号制への警戒感があり,さらに1975年国調実査が公安警察によるアパートローラ作戦の展開と重なったことがあるが,要するに,時の政権(国家権力)の意向に添わない者を社会の周縁へと追いやり,区画化,排除し,政権の意向に沿って国民を統合,動員するための体制をつくる政治的制度的力学の一環に国調の実施が位置付けられ,「粉砕」対象とされたのである。
国調がそのようなオブジェクトに設定されることに「違和感」を覚えるかもしれない。しかし例えばペルーにおける人口センサスが外出禁止令のもと,時に軍隊を動員して実施されるのを知るとき,単なる「思い過ごし」と片付けることはできない。国家(権力)は制度的倫理的に抑制されないならば暴走するというテーゼは近代政治思想の公理である。だからこそ国際連合は公的統計に関わる全ての統計家にインテグリティー(あらゆる「外圧」に屈することのない職業的専門性に依拠した良心,内的十全性,高潔さ)を「実践的倫理規範」として求めるのである。
本稿の課題は,百年を迎える国調とは何であったのかを,二人のフランスの哲学者(ミッシェル・フーコーの統治形式論とルイ・アルチュセールの国家装置論)に依拠し考察することである。
第一章 フーコーの権力作用(統治形式)論(1)確率的予測制御/リスク管理型権力
人口センサスは,様々な具体性をもつ環境下で,特有な理由で,特有な目的をもって実施されてきた。しかし,「歴史とは始源も目的(Fins)もない,主体(un Sujet)なしの過程(審級)」(アルチュセール)である。国調が何であったのか,何でありえた(/うる)のかは,その過程(審級)によって,それを構成する効果(=原因)によって測定されなければならない。
フーコーは,リベラリスムに特有な権力行使の形式をマス(大量)を対象とした予測制御,リスク管理型の統治( « Bio-politique »)として特徴づけた。統治の対象はラージナンバーとしての人口であり,リベラリスムの統治は,人口をそれ固有の法則性(規則性)に基づきモデリング,シミュレートし,その流れを確率的に予測し,様々な環境条件を整備し,リスク管理しながら,インセンティブを与え,誘導制御する。そのための情報基盤として各種の情報装置・統計が整備され,データ解析(推測統計学)のテクノロジーが開発される。人口センサスは,国家の人口住民制御のための基幹的情報基盤として実施される。
マルクスは『資本論』で相対的過剰人口/産業予備軍というオブジェクトを設定し,資本主義に固有の「人口法則」として概念化する。資本主義は,そのシステムにとっての「外部性(異物)」である人口システムを,その資本蓄積の機構のなかに分節化し取り込み制御する。資本主義の運動法則としてマルクスによってオブジェクト化された産業予備軍は,資本主義の危機のなかで行政府(国家)による「積極的な」雇用・人口予測制御/リスク管理のオブジェクトとなり(New Deal政策),経済的活動人口(労働力人口)方式での雇用就業統計のシステム(USAの Current Population Survey (CPS))がその情報基礎として整備される。相対的過剰人口/産業予備軍は統計オブジェクトに変換され,客観化される。全ての人口は雇用(employment/capitalism)概念の下に統合される。人口センサスは標本調査方式の CPS に母集団フレームワークを提供すると共に推計人口の基盤となる。日本の国勢調査は労働力人口方式の就業雇用状態を調査しており,その結果は労働力調査のベンチマークとなる。
第二章 フーコーの権力作用(統治形式)論(2)規律調教型権力
予測制御型の権力は,その存立条件として規律訓練型の権力を要求する。規律型権力はオブジェクトをノーマリザシオン(normalisation; standardization/normalization)する権力であり,その効果としてノーマライズドされた社会組織,知識体系,個体/主体を産出する。全てのオブジェクトは標準化された分類区分の下に整序され,標準的な測定単位の下で計量され比較評価される(社会を計量し製表化し比較記述する学としての社会統計学)。ノーマライズドされ調教され個体化された主体は「人口/社会」という劇場に「(アドリブ・インプロビゼーションを伴う)自由演技者」として登場し,そしてその演技的効果として「統計的規則性」を持つ「シューハート的統計的管理状態にある人口(社会)」がラージナンバーの法則に基づいて擬似的に「創発」される,という表象が「社会」に産出される。この表象が「人口」をオブジェクトとしたリベラリスムの予測制御型/危機管理型の権力の登場を準備し可能とする。リベラリスムの権力はこの表象に合わせてパフォーマティブにオブジェクトを成形・捏造する。人口を構成する要素としての諸個体=諸主体は,「平等に」ノーマル(中間媒介項 moyen /moyenne; statistical mean)から逸脱するオブジェクト(=偏差 écarts; deviations)として再設定される。全てのものは「被疑者=被験者」となり,常に測量され評価されるオブジェクトとして常時(相互)監視=観察体制の下に置かれる。
第三章 フーコーとアルチュセール
フーコーの隠されたテーマの一つは,アルチュセール(=マルクス)との「切断」である。マルクス(=資本主義)の問題と「切断」し,権力技術(仕掛け dispositif)一般の振る舞いをミクロな作動場面で分析することで,フーコーは時代のモードとなる。しかし権力技術は具体的な歴史性をもつ装置(appareils)に物質化することで作動する。フーコーの裏側にあるのはアルチュセールの国家装置論である。
第四章 抑圧的国家装置としての人口センサス:領土と時間の支配
人口センサスは抑圧装置とイデオロギー装置とによって二重に分節化された国家装置である。抑圧的国家装置としての人口センサスは,以下の効果を産出する。
(1)「外に」向かっての領土の確定:人口センサスは調査という活動(act)によって一国の地理的な領土(実効支配の及ぶ地理的範囲)を確定する。国境線が不確定な地域でのセンサスの実施は時に武力衝突に発展する。帝国主義的な領土拡張期には「内地人口」と「外地人口」という不安定な区分を生み出し,その相互関係の問題を生み出す。
(2)「内に」向かっての領土の確定:人口センサスは「領土内」に居住する者・集団を強制的に調査範囲内に組み入れ,「国家の外」にある者・集団の存在を許さない。流動する民はセンサス日に固定した場所に存在するオブジェクトとなる。「国家の外」にある様々な親密共同体(例えば宗教的共同体)の固有の共同体的,宗教的規範のなかで生き死にしてきた人々は国家の行政機構に組み込まれ,国家の法秩序の下で,全て国家の行政登録簿に記入される個体となる(行政機関への出生,婚姻,死亡の届出と行政統計としての人口動態統計の作成)。
(3)時間の支配:十年ないし五年毎に「国民的行事(祝祭)」として実施される人口センサスは「国民生活」に周期的な時間の律動をもたらす。人口センサスは各種の統計のベンチマークとして,また母集団フレームとして,情報の時間的流れに周期的な律動(区切り)を与える。
第五章 イデオロギー的国家装置としての人口センサス:公的主体としての個体化
アルチュセールはイデオロギー的国家装置の作動を警察官の尋問(職務質問)モデルを例示にして理論化する。「おい,こら,そこの奴(お前)」という警察官の「呼びかけ(interpeller/appeler)」に「応答する被疑者」。「被疑者」は権力者(「大文字の主体」)の「呼びかけ」に「応答する」ことで,集団(人混み)のなかで自らを「個体化」すると共に「応答する(応答しない)主体」となる(注1)。「応答する主体」は自らの身分と振る舞いを「公的に,公的な言葉」によって説明・証言しなければならない。「応答しない主体」は自らの「内的社会的法的規範」に照らして自己の行動を測定し,「無視するあるいは逃走する」という「応答」をする。いずれにせよ,「呼びかけ」のオブジェクトとして「指示されたもの」は「応答」という行為(反応)を通して「服属する主体」となり,「公的な存在(主体=オブジェクト)」となる。
人口センサスは全国的な規模で一斉に,同一の質問項目,質問文,回答選択肢を用い行われる「尋問」であり,そこで造り出されるのは「公民(あるいはエトランジェ)として服属する個体=主体」であり,「公民が公民として行う回答」である。得られた回答は集計,製表化,公表され,様々に活用されることで,「公民としての主体」は「統計数に縮約された存在者」となり,統計数(表)に照らして自らを測定し評価する「国民としての主体」となる。
第六章 公民権・投票権と「数え上げられない人々」
公民権法・投票権法の成立(1965年)後に行われた1970年米国人口センサスは,米国センサス史上,画期となった。米国科学アカデミー(NAS)は直後の1971年に報告書『アメリカの数え上げられない人々 America’s Uncounted People』を公表している(書籍公刊は1972年)。「数え上げられない人々」とは,米国の「繁栄」のなかで取り残され,打ち捨てられ,存在を無視され権利を奪われた人々のことであり,センサスの実査で調査困難により数え上げられずに残った人々のことである。
公民権法・投票権法は権利主体の確立を連邦政府の権限で保証するもので,人口センサスは連邦政府の直轄事業として憲法の規定により連邦下院議員数の各州への配分数を決める住民数を数え上げることを主目的に実施されるが,公民権法の成立により人口センサスは各種のアファーマティブ・アクション・プログラムに必要な人口比率(人種構成,性別構成等)を決める調査となった。また,米国では各種選挙で投票するには「選挙人名簿」に自ら登録する必要があり,投票権法は,その登録する権利を連邦政府が制度的に保証するものであった。こうしたことから,米国では各種公民権団体が人口センサスに積極的に関わることになった。一人一人が一人の権利主体としてカウントされ,人口センサスの質問と回答に自らのアイデンティティを書き込み,統計数値として表象されることが公民権運動の目標の一つとなったのである。
第七章 質疑(問い質し)としての « interpellation »
警察官の「尋問 interpeller」モデルが示すように調査における調査者と被調査者との関係は,「調査者による被調査者に対する尋問」というドミナントな関係と「被調査者の調査者への応答」というディペンデントな関係からなる二重に分節された関係であり,その関係が被調査者を「服属する主体」と成す(注2)。しかし,「服属する主体」は「権利を有する主体」である限り,同時に権力の振舞いをチェックし,時に抵抗し反乱する主体となる。 « interpeller; interpellate »という言葉(行為)には議会において議員が政府を詰問し,説明要求するという含意がある。
補註)ここで留意すべきことは、「調査者による被調査者に対する尋問」という関係(仕掛け un dispositif 、装置 un appareil)と「被調査者の調査者への応答」という関係(システム)は、同じロジック、同じ規則のもとで作動する関係(仕掛け un dispositif 、装置 un appareil)ではないということである。異質なロジック、異質な規則のもとで作動する諸装置、諸仕掛け(諸関係)が組み合い、ひとつの複合的全体のなかで軋みあいながら重層的に分節化するのである。アルチュセールは、そのような作動場を「重層的決定 surdétamination」 という概念で捉え、ヘーゲル的ライプニッツ的因果性とは別種の因果性、スピノザ的マルクス的因果性が作動する場として捉えたのである。(この項、2025年1月17日に追記)
第八章 ナチ・センサス問題と日系人収容問題:人口センサスと行政レジスター
1983年西ドイツ人口センサスは広範な反対運動を受け中止となった。西ドイツ連邦憲法裁判所は人口センサス法に一部違憲判決を下した。背景にあったのはナチ・センサス問題である。ナチ国家とは理念的には各種登録・報告制度とそれに不可分に結びついた統計システムをデータ基盤とし,統計科学(データ科学)に基づき各種オブジェクトを統計的管理状態下で計算制御する社会工学国家であった。そのための「異物(outliers ; aberrances / valeurs extérieures)」除去の象徴的標的となったのが「ユダヤ系」の人々で,ナチの行政組織は最先端のカード仕分け機で処理された人口センサス(1933年,1939年)の個票データを行政登録記録として活用し,それを行政登録簿と連結し,その登録簿を基礎に「ユダヤ系」の人々を強制収容したのである。 « Bio-politique »における « discipline »の回帰( « régression »)。
米国2000年人口センサスは第二次大戦下での日系人強制収容問題を統計の問題として浮上させた。争点は,戦争法制下で,人口センサスの結果が強制収容にどのように使われたのか(オーダーメイド集計による小地域統計の提供),陸軍による個票データの提出要求にセンサス局はどう対応したのか(公式には拒否したが,一部の地区で提供された)であった。この問題は,翌年2001年に起きた9.11事件を受け成立したパトリオット法の下で,統計家にインテグリティーの問題(法体系のなかでどの法が優位に立つかという問題ではない)を厳しく突きつけた(注3)。
おわりに ビッグデータとレジスター化の狭間で
ビッグデータはオブジェクトとなる個体の振る舞いを「服属主体/権利主体」としての被調査者を媒介せずに観測・記録した結果である(主体化の回避)。それは多くの場合,その一部がサンプリングされ,個体が識別不能な形式で販売,提供されるが,その分析結果が個体情報の大規模な集積であるマスターファイルと統計的に連結される時に,脅威となる力を持つ。
統計は集団性(マス)を狙うがレジストレーションは個体を狙う。統計はデータを管理するために個体情報を必要とするが,レジストレーションは個体を識別し管理するために個体に関するデータを必要とする。統計は様々な登録簿・報告書類に含まれるデータに基づき作成されることが多いが(注4),両者が融合する時,ナチセンサス問題が発生する。
その狭間のなかで国勢調査(人口センサス)はデモクラシーの権利主体を形成する可能性の場として生き残ることができる,と私は信じたい。(なお、次頁の追記を参照)
注1 具体性をもった特定の集団が形成されるとき,その集団に固有な形態の諸個体が「相即的に」形成され(個体化され),集団の位階的な諸機能を担う主体として形成される。集団に先立って諸個体が存在し、諸個体が偶発的/必然的に出会い,集団を形成するのではない。
注2 事態はマーケティング的状況と似る。しかし,マーケティングは諸個体を「欲望する主体」と成し,「与えられた選択肢のなかで財とサービスを差異的に消費する主体」へと誘導・形成することを狙う。これに対し,人口センサス(国勢調査)は諸個体を「公的権利の主体(公民)」として形成することを狙う。公的統計調査としての人口センサスを「公共サービス」の提供(便宜)とその受益という「コスト・ベネフィット的関係(経済学的関係)」に還元し,分析し,その諸困難に対処しようとすることには慎重でなければならない。
注3 この件に関連して一言すれば、コンフィデンシャリティ(confidentiality: confidence に基づく機密保持性)に関わる事柄はプライバシーに関する事柄と性質を全く異にしている。われわれは具体性の場で両者を明確に区別し、その両者の分節化の構造を解明し、互いに関連させながら考え、取り扱わなければならない(D.Sunshine Hillygus, Norman H. Nie, Kenneth Prewitt, and Heili Pals (2006) を参照)。なお、「プライバシー」と「公共(の利益)」を二項対立させ、「公共」の側に統計(及び「学術」)を置き,その「せめぎ合い」のなかで統計を擁護しようとする言説があるが問題の立て方が間違っている。
注4 統計が行政の登録簿に基づいて作成されるとき、「統計作成及び統計分析のため」という名目で登録事項が新たに追加される事態がしばしば発生する。このことに注意を喚起しておきたい。
注記:本稿は、経済統計学会 第64回(2020年度)全国研究大会 報告集(掲載web URL : http://www.jsest.jp/ )に掲載した報告本文に脚注、追記、参考関連文献を付け加えたものである。
[追記]第六章で言及した NAS の『アメリカの数え上げられない人々』は、次のように記している:
Forward, p.iii
"The value orientation of the Commitee shoud, however, be stressed. When discussing, in Chapter 7, the issue of registration systems and file matching ― seaching for data pertaining to the same indiviual in many different record systems ― the Committee is turned away by the posibillity that such efforts to improve census coverage "might lead to encroachments and harassment for all citizens ― not merely the uncounted ― although they might bear unequally on different sectors or classes." The Committee suggests that, prima facie, the benefit to be obtained from efforts to improve census coverage is not worth more than a very small additional privacy cost."
chapter 7 Future Research on Census Taking. pp.115 ― 116
"The Question of Privacy
There are, of course, important legal and ethical issues involved in efforts to develop alternative or supplemental methods of improving the census. Some of the measures that might be used would require changes in the law. For example, many administrative record systems are legally accessible to the Census Bureau and a number have been used in matching studies. Others, however, have not been accessible. If matching certain other governmental records with census data were thought a useful way of locating missed persons, legal or administrative restrictions on the Census Bureau’s inspection and use of those records might have to be removed.
Still other proposals, though they might not raise direct legal problems, would call into question the value the society places on privacy. If computer-stored information gathered by several different agencies (governmental and nongovernmental) were made accessible by data-bank centralization, or by the development of computer programs facilitating a seach for data pertaining to the same individual in many different record systems, privacy might suffer because of the vulnerability of the system to penetration by stranglers. In other words, some efforts to improve census coverage might lead to encroachments and harassment for all citizens ― not merely for the uncounted ― although they might bear unequally on different sectors or classes.
It might be objected that the privacy costs of, for example, efforts to reduce underenumeration can be regarded as marginal to the privacy costs already being incurred by other decisions and events. But the Committee would prefer to the question around and suggest that, prima facie, the benefit to be obtained from such undertakings is not worth more than a very small additional privacy costs.
Efficient safeguards against the mentioned types of encroachment or harassment could modify the reckoning of cost and benefit. ... .... In fact, the Committee applauds the careful concern for confidentiality that the Census Bureau has maintained and appreciates the consciousness with which the Bureau has sought to avoid breaches of individual privacy in giving users access to its aggregated data. ... ...."
Carole W. Parsons, Editor (1972) America’s Uncounted People: Report of the Advisory Committee on Problems of Census Enumeration. Division of Behavioral Sciences National Research Council, National Academy of Sciences.
[参考関連文献]
はじめに
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第一章 フーコーの権力作用(統治形式)論(1)確率的予測制御/リスク管理型権力
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第二章 フーコーの権力作用(統治形式)論(2)規律調教型権力
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第三章 フーコーとアルチュセール
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第四章 抑圧的国家装置としての人口センサス:領土と時間の支配
(「はじめに」に掲載した文献を参照。)
第五章 イデオロギー的国家装置としての人口センサス:公的主体としての個体化
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第六章 公民権・投票権と「数え上げられない人々」
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第七章 質疑(問い質し)としての « interpellation »
(「第五章」に掲載した文献を参照。)
第八章 ナチ・センサス問題と日系人収容問題:人口センサスと行政レジスター
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おわりに ビッグデータとレジスター化の狭間で
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